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のんびり引退した初代介助犬ニッキーと、2代目介助犬アルファの同居生活。
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旅立ちの10周年
 1999年4月10日は、私とニッキーが留学に出発した日。
 あれからもう10年が経つ。
 3歳だったニッキーが13歳になった。

 アメリカの介助犬育成学校が、エネルギーを持て余したニッキーの気質のよさと介助犬になる適性を見抜いて、トレーニングの機会を与えてくれた。
 車椅子で弱視、腕も指もうまく動かせない私に、インストラクターが教えてくれたのは、陽性強化トレーニングの中でもシンプルな方法だけ。それ以上に、しっかりニッキーと向き合い、同じくらい自分自身とも向き合うことを教えてもらった。
 重複障害の留学生が日本から犬を連れてきた、と聞いて、違う学校(団体)の関係者や個人のトレーナーも、私とニッキーのトレーニングに協力してくれた。団体の枠を越えて多くの人がひとりと1頭に関わることは、アメリカでも珍しい。
 たくさんの人の親身な協力が、私とニッキーを支えてくれた。
 もちろん、チャンスと奨学金をくれた財団や、心配を口に出さずに送り出してくれた家族の支えもあった。

[写真]1999年、グラウンドで弾ける3歳のニッキー。

 アリゾナ州は、州内の正規の補助犬プログラムに属する訓練犬のパブリックアクセスを認めているので、ニッキーは訓練の後半からバスにもレストランにも一緒。いろいろな場面での行動と仕事を経験した。
 10年後の今の日本と比べても、街や交通機関のバリアフリーはずっと進んでいて、介助犬の活躍の機会は断然多く、犬を連れた私に声をかけてくれる人や、手を貸してくれる人も多かった。
 ADA法のあるアメリカの、みんなが介助犬を見慣れている(訓練所が何故か3か所も!)のんびりした田舎町ツーソンという環境で、私は介助犬と暮らす本当の楽しさや安心を知ることができたし、ニッキーは成功の経験を積み重ねて、自信のあるいい仕事をするようになった。犬が自分の仕事に誇りを持つというのは、本当だった。
 そして、そんな留学生活が、私とニッキーの絆を特別なものにしてくれた。

[写真]2000年、アリゾナのバス停でバスを待つニッキーと相棒。

 私が一瞬も疑わずに介助犬ニッキーを信じて行動できたのも、ニッキーがその信頼を一度も裏切らずに支えてくれたのも、今こんなに気持ちが通じ合うのも、私とニッキーの可能性をポジティブに認めてもらえたアメリカでの1年半があったから。

 ニッキー、あれから10年だよ。楽しかったね。
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[写真] 杖をくわえたニッキー
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